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京都地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決

原告 岡崎テツ

〈外四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 山村治郎吉

被告 国

右代表者法務大臣 高橋等

右指定代理人法務事務官 綴喜米次

〈外三名〉

被告 長谷川嘉作

右訴訟代理人弁護士 橋本清一郎

主文

京都府知事が、別紙物件目録(一)記載の土地につき、昭和二三年三月二日を買収の時期としてなした買収処分は、無効であることを確認する。

原告等に対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき、被告国は、別紙登記目録(一)記載の登記、被告長谷川嘉作は、同(二)記載の登記の、各抹消登記手続をせよ。

原告等の請求中、別紙物件目録(一)記載の土地が、京阪神急行電鉄の線路(別紙物件目録(三)記載の土地)の西側に存在することの確認を求める部分について、本件訴を却下する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文第一、二項同旨および「別紙物件目録(一)記載の土地は、京阪神急行電気鉄道の線路(別紙物件目録(三)記載の土地)の西側に存在することを確認する。」との判決を求め、請求の原因として、

「一、別紙物件目録(一)の土地(以下七番地の四という)は、訴外岡崎義治(以下単に義治という)所有の畑であつたところ、政府は、自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定により、昭和二三年三月二日を買収の時期としてこれを買収し右土地について別紙登記目録(一)の登記がなされ、同法第一六条第一項の規定により、同日を売渡の時期として被告長谷川嘉作に売渡し、同土地につき登記目録(二)の登記がなされている。

二、義治は昭和三五年一月二七日死亡し、原告等が共同相続した。

三、ところで、七番地の四の土地は京阪神急行電鉄の線路(別紙物件目録(三)の土地、七番の三)の西側(以下単に西側という。東側の場合も同様)にあるが、東側にある別紙物件目録(二)の土地(以下七番地の二という)と共に、義治が在村地主として所有していた農地で、東側の土地はその北半分を訴外長谷川次郎に耕作させていたけれども、西側の土地は義治とその妻である原告岡崎テツが自ら耕作していたものであつてそれが自作地であることは一見して明瞭であつた。

もつとも、西側の土地は一時非農家の者達が食糧難のため耕作していたことがあり、彼等を追出すのに義治が被告長谷川の世話になつたことから、同被告が西側の土地の西南隅約三〇坪の場所に一作だけ甘藷を植えたことがあるが、同被告の小作地と見えることは絶対になかつた。

四、前述の如く七番地の四は線路の西側に存在するが、京都地方法務局向日出張所備付の地図には、東側の土地が七番地の四で、西側が七番地の二の如く表示されている。しかしながら、これは登記官吏が違法に地図上の地番の表示を変更したもので、法律上何等の効力はない。

すなわち、義治は、昭和三〇年頃西側の土地の買収ならびに売渡の事実を知らず、右土地を引続き自作していたが、同年四月一一日これを訴外桃陽株式会社に売渡して引渡した際七番地の四であるのにこれを七番地の二と誤解して、七番地の二について所有権移転登記をしてしまつた。それで七番地の四について売渡処分による所有権移転登記を受け且つ東側の土地を占有していた被告長谷川と、西側の七番地の四を義治から買受け、且つその引渡を受けた桃陽株式会社との間に紛議を生じ、両者妥協して京都地方法務局向日出張所で、同所備付の地図の地番を変更し、東側の地番と西側の地番とを書替えたもので、右書替は何等の効力なく、七番地の四は西側、七番地の二は東側に存在するものである。

五、ところが、被告等は、七番地の四は線路の東側にあると主張し、東側の土地について有効な買収、売渡処分があつた旨争うので、原告等は先ず七番地の四は西側に存在することの確認を求める。

以上のとおり、七番地の四は、義治の所有であり、かつ自作地であることは一見極めて明白であつたのに、これを小作地として買収した京都府知事の行政処分は、明白かつ重大なかしあるもので、当然無効であり、右処分を前提としてなされた被告長谷川に対する売渡処分も当然無効であつて、右各処分を原因としてなされた各登記はいずれも抹消さるべきものである。

よつて、原告等は、被告国に対し、右買収処分の無効なることの確認を求めると共に、買収処分による所有権取得登記の抹消登記手続をなすことを求め、被告長谷川に対し、売渡処分による所有権取得登記の抹消登記手続をなすことを求める。」

と述べた。

被告国指定代理人は、本案前の主張として、

「原告等の請求中、七番地の四が線路の西側に存在することの確認を求める点は、たんなる事実関係の確認を求めるもので、なんら法律関係の紛争を解決することにならないから、訴の利益はなく、却下さるべきである。」

と述べ、本案につき、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告等主張の請求原因事実中、第一、二項は認める。

第三項中、義治が在村地主であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。七番地の四は、線路の東側にあつて、被告長谷川の小作地と認められるものであつた。

すなわち、向日町農地委員会は、昭和二三年二月一一日西側を被告長谷川の小作地、東側を訴外長谷川次郎の小作地と認めて買収計画を樹立したが、その後東側の土地は義治の自作地と判明したので、京都府知事としては、東側に対する買収処分の取消を考慮していたところ、義治は、西側を返してもらうかわりに東側を被告長谷川に賃貸するから、西側に対する買取処分を取消してもらいたいと申し出た。そして、農事調停事件となつて、義治は、被告長谷川の同意を得て、西側の返還をうけると同時に東側を同被告に賃貸したので、京都府知事は、東側の買収処分をそのまま維持し、西側の買収処分を取消すこととしたものである。

以上のとおり、東側の七番地の四に対する買収処分は当初はかしあるものであつたが、その後右の事由から治癒されたものである。

第四項中、七番地の二につき、売買による所有権移転登記により、訴外桃陽株式会社が現在所有名義人となつていること、土地台帳の附属図面(以下単に附図と略称する)に、東側が七番地の四で、西側が七番地の二の如く表示されていることは認めるが、その余の事実は知らない。仮りに原告等主張のように附図の書替がなされていたとしても、第三者が改ざんすることは不可能というべきであるし、右書替は附図の変更訂正等の処理が規定されている土地台帳事務取扱要領が民事局長通達として指示された昭和二九年六月三〇日以前になされたものと推察されるから、東側が七番地の四として判明しうる程度に表示されていれば、訂正として充分であるし、改ざんではなく適法な手続によりなされた訂正といわなければならない。

第五項中、仮りに七番地の四が西側にあるとすれば、西側の七番地の四に対する買収処分が無効であること、被告国に登記抹消義務があることは認める。」

と答えた。

被告長谷川訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告等主張の請求原因事実中、第一、二項は認める。

第三項中、義治が在村地主であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。七番地の四は東側にある。すなわち、被告長谷川は、大正の中頃より西側の土地を義治から借り受け開墾して農作をして来たところ、自作農創設特別措置法が施行せられ、右土地が東側の七番地の四と共に買収される虞が生じ、被告国が答弁したとおりの経緯があつて、義治は被告長谷川に東西の土地の交換を求め、向日町農地委員会の仲介で、被告長谷川は、東側の七番地の四の売渡を受け、その旨の登記がなされたものである。

第四項中、義治が西側の土地を第三者に売渡した事実は認めるが、その余の事実は否認する。附図の地番に変更があつたとしても、登記に関する問題は違法に行われるものではない。

第五項中、仮りに七番地の四が西側にあるとすれば、西側の七番地の四に対する買収処分が無効であること、被告長谷川に登記抹消義務があることは認める。」

と答えた。

証拠≪省略≫

理由

(本案前の判断)

先ず、原告等は、本件買収処分の目的物件たる七番地の四の土地が、京阪神急行電鉄の線路(七番地の三)の西側に存在することの確認を求めるもので、右訴の適否につき判断する。

原告等は七番地の四が西側にあると主張し、被告等は東側であると争い、右地番の場所的確定が、本件訴訟の終局目的である登記抹消義務の存在を判断するについて、重要な先決問題であることは疑のないところであるけれども、中間確認の訴の目的たるべきものは法律関係の確認請求に限るのであるから、上記の如きたんなる事実の確認の訴は、確認の資格を欠き、却下を免れない(原告等が七番地の四について所有権を有するとすれば、線路(七番地の三)の西側に存在する特定の土地(七番地の四)について原告等の所有権確認を求める訴と解する余地があるが、原告等は七番地の四について所有権その他確認を求めうる権利を有しないから、権利確認の訴と解する余地はない)。

(本案の判断)

原告等主張の請求原因事実中、第一、二項については、当事者間に争がない。

そこで、七番地の四の本件買収処分の効力について判断する。

七番地の四が西側の土地とすれば、西側の七番地の四に対する買収処分が無効であること、従つて被告等に各登記抹消義務のあることは、被告等の認めるところであるから、右地番の土地の位置につき検討することとする。

≪証拠省略≫を綜合すれば、線路(七番地の三)の西側の土地が七番地の四、東側の土地が七番地の二であること、向日町農地委員会は、義治所有の七番地の二および七番地の四について昭和二三年三月二日を買収の時期として買収計画を定め、京都府知事は、その買収令書を発行したが、農事調停手続が進められた結果、東側の土地に対する買収処分を維持し、西側の土地に対する買収処分を取消すことになつたこと、しかし、京都府知事は、誤つて買収処分取消通知書に七番地の二(東側の土地)と表示して取消処分をなし、七番地の四(西側の土地)の登記簿に買収および売渡の本件各登記がなされたこと、その後義治は西側の土地を訴外桃陽株式会社に売渡したが、その際七番地の二(東側の土地)の登記簿に所有権移転登記がなされたこと、その後関係者の手によつて、京都地方法務局向日出張所備付の土地台帳附属図面の内、右両地の部分につき、紛争を避ける姑息の手段として、東西の地番を書き替えるという真実にそわない改ざんがなされたことを認めることができる。≪証拠判断省略≫

よつて、原告等の被告国に対する買収処分無効確認、買収登記抹消、被告長谷川に対する売渡登記抹消の各請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書を適用し、主文のおり判決する。

(裁判長裁判官 小西勝 裁判官 島信幸 堀口武彦)

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